花期花会

2012年03月22日第31回 『「仁丹」戦時中の広告』

 現在、facebookに「1枚の広告シリーズ」で過去の興味深い新聞広告を日々掲載しています。

 その中で、調べなければ分からなかった戦時中の新聞広告、特に、昭和12年から昭和15年にかけて、時局宣伝が含まれた広告には驚きました。

 昭和6年の満州事変から昭和12年の日中戦争の開始を経て、時局は急転し、日本国内は次第に戦時色が強くなります。昭和13年に国民総動員法が施行され、軍部主導による統制経済が始まります。自由な商業活動が抑制されます。この結果、広告活動や広告表現にも厳しい規制が加えられ、広告は冬の時代を迎えました。かつての華やかな嗜好品・贅沢品などの広告が姿を消して広告の大半を日用品などが占めるようになりました。昭和15年には新体制運動が始まり、国策に協賛して、時局宣伝を無償で掲載する「献納広告」が活発に行われていきました。

 さて、この時代の広告で注目した企業は、森下仁丹です。「仁丹といえば広告」と言われるほど、仁丹と広告とは切っても切れないものです。創業者の森下博が事業の基本方針のひとつとして「広告による薫化益世を使命とする」を掲げました。広告は商売の柱であると同時に広く社会に役立つものでなくてはならない、「広告益世」の理念です。大正時代に入ると新聞の全国紙に一頁広告を幾度も掲載し、仁丹の「消化を良くし、胃腸を健やかにすべし」の考えが拡がり、売り上げも飛躍しました。

 それでは、仁丹の戦時中の新聞広告を紹介します。森下仁丹歴史博物館にも掲載されておりません。

▽昭和9年 仁丹「満州事変三周年を迎へて」
満州事変三周年を迎へて

▽昭和13年 仁丹「悪疫今や猛威の兆あり」
悪疫今や猛威の兆あり

▽昭和13年 仁丹「慰問袋」
慰問袋

▽昭和13年 仁丹「何処ででも・・・」
何処ででも・・・

▽昭和13年 仁丹「今、全日本に漲ぎる・・・」
今、全日本に漲ぎる・・・

▽昭和13年 仁丹「西のゲルマン魂と・・・」
西のゲルマン魂と・・・

▽昭和13年 仁丹「防共結束は興亜の要諦!」
防共結束は興亜の要諦!

▽昭和14年 仁丹「輝く大陸躍進譜」
輝く大陸躍進譜

▽昭和14年 仁丹「酷暑征服!」
酷暑征服!

▽昭和14年 仁丹「都会でも地方でも」
都会でも地方でも

▽昭和14年 仁丹「日・独・伊の防共結束を示す」
日・独・伊の防共結束を示す

▽昭和14年 仁丹「防共容器」
防共容器

▽昭和15年 仁丹「祝 紀元二千六百年」
祝 紀元二千六百年

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執筆者

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鍋島 裕俊

(自称:折込広告研究所所長)

1950年、佐賀県佐賀市に生まれる。
1980年に朝日新聞社系の折込広告会社に営業で入り、その後、出版、マーケティングを経て、現在、メディアの方向性を考える戦略セクションに所属。
折込広告全国大会の分科会やセッションのプロデュースを担当(2000年の横浜大会、2008年の東京大会、2010年の東京大会)。
研究テーマは、(1)折込広告の全般研究、(2)折込広告史の研究、(3)新聞販売店のイノベーション研究など。特に新聞販売店のイノベーション研究は、2011年9月から早稲田大学ソーシャルアントレプレナー研究会で新規講座を開催。
折込広告に関する過去の著作は、「商業界」「食品商業」「宣伝会議」「販促会議」「物価資料」などに掲載。

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