ファンサイト通信

2018年11月08日第798号『諸行無常』

【CN-313室】

先週、事務所を横浜(一部の機能は残して)から神田錦
町へと移した。

2002年に起業した時、最初の仕事場は今川橋交差点から
ほど近い鍛冶町にあった友人の会社に、机1つの間借り。
その後、鍛冶町から内神田に。
この会社が移転したため、そのまま机ごと移動した。
これが2度目。

そして、スタッフとしてはじめて参加してくれたのが、
いまも、ファンサイト通信に連載してくれている柳澤史
樹くん。
彼はいま独立して、ライター業を中心に積極的に活動を
している。
その後、デザイナーとして仁田原由美さんが参加、さら
に田中滋くん(現在、鹿島アントラーズ付きのライター
としてサッカーの世界に深く関わっている)が加わった。
人数も増え、内神田から浜町へ。
これが、3回目の引っ越し。

新大橋の直ぐ側の住友不動産浜町ビルの最上階の部屋か
らは、直下に隅田川の流れを見ることができた。
景色はよかったが、仕事は(みんなで合宿しているよう
な状態で)ハードだった。
ここで、さらに工藤真琴さん、文屋潤くんなどがファン
サイトのメンバーになり、8名までになった。
しかし、どうも僕には会社を大きくする能力が欠けてい
るのか、次第に減り、浜町を離れるころには4名に。
そして、4回目の引っ越しとなる横浜へ。

その後、3.11の影響もあり、仕事が完全にストップ。
もし、あのまま浜町に事務所を構えていたら、いま会社
そのものが存在していなかったかもしれない。
この最も苦しかった時期に、現在ファンサイトの取締役
でもある川村大輔くん(たまたま名字が同じで、親族と
間違えられることも多いが、会社では息子のような存在
である)が新たに参加してくれた。

横浜に移ってから、仁田原さんが退社し、交代するよう
なカタチでデザイナーとして嵩本康志くん、武村寛明く
ん、成智恩さん、営業として、安原真広くん、杉山直人
さんが、スタッフとして参加してくれた。

その彼らも、それぞれに次のステージで、才能の花を開
かせている。

組織の長として、はなはだ力不足で、結果として参加し
てくれた彼らに、迷惑をかけることも多々あった。
自分自身、忸怩たる思いがある。

しかし、どの時も間違いなく大変だったが、いま振り返
れば懐かしく、かけがえのない思い出ばかりである。

さて、今回横浜からまた(発祥の地)神田へ事務所を移
した。
これで、5回目。
これを期にというわけではないが、10年勤めた文屋潤く
んが退社し、新天地へと向かうことになった。
彼のこれからが、ますます輝くものであることを確信し
ている。

そしてファンサイトも、オフィスもスタッフもあらたに
再編成する。
やるべきことは1つ。
ファンという優良顧客創造の仕組みづくりに向け、スタ
ッフと共にこれまで以上の邁進することである。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久
しくとどまりたる例なし」

今度はどんな仲間たちと、どんな仕事で楽しめるのか。
いまからワクワクしている。

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執筆者

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川村 隆一

ファンサイト有限会社
代表取締役

1952年1月生まれ。
日本大学芸術学部卒業。
日活株式会社、日本工学院専門学校映像デザイン美術科(現)グラフィックデザイン科専任教師、株式会社Cカンパニー、株式会社ナガセ等を経て、ファンサイト有限会社を設立。
資生堂・イオングループ・キリンビール・マツダ等の企業コミュニケーション/広報活動のためのディレクションとプランニングを手がけてきた。

【書籍】「企業ファンサイト入門」日刊工業新聞社刊 2006年
【賞】経団連海外広報センター最優秀デザイン賞(横浜銀行アニュアルレポート)

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